世の中が優しい日はひとつもなかった
嫌なことばかりだなぁ、と思っていた最近ですが
双極の天変地異が起きて昨日は躁。
今日は、だだ下がりのうつ。
永遠に生きていてほしい大好きな母方の祖父母に
久しぶりに少しだけ会えて近況報告。
祖父母は一回目のワクチンを打てたようで
二回目は来月だよ、と話していました。
おじいちゃん、認知症が始まってるな、と
確信し心が抉れるくらい悲しくなった。
会話は少しチグハグなことを言うけど、まだ
全然できてるし、きっとおじいちゃん自身
自覚があるんだと思う。
おばあちゃんが少し用事で家を空けると
電話をかけるの。心配だから、って。
今までは優しいけど無口なほうで
電話ひとつしなかったから、今の状態に
おばあちゃんは疲労困憊。
喧嘩腰の話口調は相変わらずだけど
言葉の一つ一つに棘があった。
おじいちゃんが散歩で家を空けると
おばあちゃんは " 疲れちゃう " と一言。
これが認知症の恐いところの一つで
家族諸共、疲弊していってしまう。
本人もかなりのストレスがあることも
おばあちゃんがそれを受け入れられないのも
心臓が痛いほどわかる。
仕事柄、認知症の人たちとの関わりが多いから
おじいちゃんが この先 辿る道が分かってしまう
" あぁ、ついにうちの番か、"
仕事をしなくなると本当にたくさんの人が
罹患する。特に男のひとは。
おじいちゃんも喧嘩口調で会話の時に
時折、被害妄想も入ってるらしい。
おばあちゃんを嘘つき呼ばわりしたりね。
だから病院に行って診断をもらって
介護保険を使ったほうがいいと話してきた。
このままだと おばあちゃんが体調 崩しそう。
認知症は治せないけど進行を遅らせることは
できるから、て念を押して。
早ければ早いほうが絶対に良い。
いつもの事ながら帰り際、おじいちゃんは
" もう帰るのか?"って笑顔で聞いてきた。
" また来るよ、二人とも元気でね " って
心からそう言って泣くのを堪えて別れた。
おじいちゃん大丈夫だよ、独りにはさせないから
ってそう心で付け加えて。
私たちの顔も名前も、
いつかは忘れてしまうのではないかって
ものすごく怖くて寂しくて悲しい。
でも何も分からないより
多少なりとも知識があって
良かった、と思えてる。
優しいまま、笑顔がたくさんで
そのままで生きていて。
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